第三話

直江の匂いがするベッドから目を覚ますと、体のダルさが消えていることに気付いた。
額にのっている冷えピタに手をやる。まだ少し冷たいのは、貼り変えたばかりだからだろうか。瞼を閉じると、隣の部屋に人の気配がする。それだけでどうしようもなく安心してしまった。暖かいベッドから降りて、灯りの洩れるリビングへ歩く。

「高耶さん」

入った部屋の明るさに目をしばたかせると、直江は机の上のパソコンに向かってるとこだった。
普段はあまり仕事を持ち込まない男だけど、どうやら今日は違う。どうりで早い帰宅だ。

「起きたんですか」
「…おかえり…」
「ただいま。ちゃんと寝ててえらかったですね」

ちょいちょいと手招きされ横に座ると、デコに手を添えられる。むず痒いというより、何か恥ずかしい。

「熱は下がってますね。調子はどう?」

近い顔に風邪ではない熱で顔が赤くなるのがわかった。

「もう平気だ」

それより、と手を払い距離をとる。注がれた麦茶を一気飲みした。

「飯は食べてないのか?昨日のカレー、チンして食べろよ」
「はい。高耶さんも何か食べないと…カレーうどん作りましょうか」

作れるのかと、胡乱げな目線を送る。さすがにうどんを茹でるくらいは出来るのだろう、安心させるように頭を撫でられた。

「今作りますね」
「ん…」

俺、直江の邪魔になったりしてないかな。飯作られるのとか実は鬱陶しいとか、生徒なんかに家に入り浸られて面倒くさい…
とか。
そんなこと思われてたらどうしようと、ふと思った。立ち上がりかけた直江の袖を掴む。
優しい色の瞳に見下ろされた。

「あとその…、ごめん…今日迷惑かけて。明日はちゃんとするから。学校行くし飯も作るし…」

直江は担任に看病させるこんな生徒をどう思ってるんだろう。
しおれる俺を見て直江が微笑んだ。

「――いいんですそんなこと。迷惑なんて思っていません。俺がしたいだけですよ」
「…ありがと」

恥ずかしい台詞に狼狽えてながらも、そんな事をスパッと言えるこいつはやっぱり大人なんだなあと思う。

「心配かけてごめんな」
「ふふ…今日はやけに素直なんですね」
「おう」

自然と近づく顔を今度は避けない。

「好きです」
「…うん」

目を伏せて、互いの唇をすり合わせた。
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